[西国三十三箇所] 紀三井寺&粉河寺&施福寺&葛井寺

[西国三十三箇所] 紀三井寺&粉河寺&施福寺&葛井寺二番・紀三井寺、三番・粉河寺、四番・施福寺、五番・葛井寺を巡る西国三十三箇所!

走行日 2011年1月 9日(曇&雨)
走行距離 109 km
使用した愛車 バイクフライデー・ポケットロケット
コース概要 JR和歌山駅→国体通り→吉祥水→紀三井寺→日前国懸神宮→岩出橋→粉河寺→志野峠→犬鳴山温泉→水間寺→布引不動尊→施福寺→天野山金剛寺→葛井寺→岡ミサンザイ古墳→誉田御廟山古墳→近鉄安堂駅

2010年の年末、忘帰洞で有名なホテル浦島に泊まって熊野古道を歩いてきたのですが、そのときに西国三十三箇所札所巡りの一番札所「那智山青岸渡寺」に行って御朱印を貰ってしまいました(笑)

だって、熊野那智大社と青岸渡寺って隣にあるんだもん・・・
それに今回貰わなかったら、万が一、「あ~、西国三十三箇所札所巡りやりてぇ」とか思いついたときに、また遠くまで行かなきゃいけないし~

そんなわけで、始めちゃったものは関西に単身赴任している間にきっちり片付けておかねばなりません!
これからは暇を見て三十三箇所巡りにいそしみたいと思います(笑)

んで、廻るからには当然一番から順番に。
西国三十三箇所の地図を見ると、なるほど一番から順場に廻りやすい感じで配置されているようですよ。まさに親切設計♪

カシミールで二番「金剛宝寺(紀三井寺)」から順に距離を測っていくと、2,3,4,5番の4つを廻ってちょうど100kmくらい!よし、今日はこのコースで行くぜ!!
しかし我が家から二番「金剛宝寺(紀三井寺)」は遠かった。走行&参拝時間を考えると朝四時半に起きて行くしかない! 7:38、JR和歌山駅に到着。JR紀三井寺駅まで行こうと思ったのですが乗り継ぎが悪いので和歌山駅からスタートします 和歌山駅から紀三井寺まではnuvi205の案内で旧街道っぽい道を走ります。これがなかなか良い感じ~

じつは走りに出ようと思い立ったのは前日の夜11時。
西国三十三箇所巡りのコースはおろか各寺院の場所も調べてなかったので、nuvi205のルート案内機能に任せて走ることにしました(笑)

後半、これが大きな落とし穴になるとは・・・

さて、JR和歌山駅から二番「金剛宝寺(紀三井寺)」までは約6kmの道のり。
JR和歌山駅をスタートして線路の西側を南北に走る「国体通り」を南へ。JR宮前駅の手前で県道135号へ入ります。んで、この県道135号が古い街道らしく良い感じの古い建物や水路とか目を引くものがたくさんあります。

しかし・・・、今日は無用な寄り道を自ら固く禁じています。なぜなら時間的に間に合いそうにないから(笑)
というのも、札所巡りは所謂「スタンプラリー」的な要素があり行ったからには御朱印をいただかねばならないのですが、各寺社ごとに御朱印を押してくれる時間が決まっているのです。ちなみに今日の最終目標である五番葛井寺は17時まで。
と言ったそばから「吉祥水」というのぼりに釣られて寄り道w。しかし、これは紀三井寺の名称の由来になった湧き水の一つ。偶然だけど当たりだ。 8:27 紀三井寺に到着~。なんかプレハブと電柱の隙間に追いやられた感がありますが、こちらは裏口とのこと。正面はあとで見に行きます 裏門からかなり急な坂を登って境内に到着。おぉう!と思わず声を上げてしまうほど立派な本堂が登場しましたよ。

西国三十三箇所・札所二番「金剛宝寺(紀三井寺)」は今から1200年以上前に唐僧為光上人によって開基された寺院で正式名称は紀三井山金剛宝寺護国院といいます。山内から先ほどの吉祥水を含む三つの霊泉が湧き出ていることから通称「紀三井寺」と呼ばれています。

本尊は十一面観音。境内には楼門、鐘楼、多宝塔など国指定の重要文化財も多数~。
あ、ちなみに拝観料が200円かかります。
1759年建立の本堂九間四面&総欅造りの超立派な建物です。 こちらは国の重文に指定されている多宝塔。1449年に建立されたもので、本堂から一段上ったところに建っています。 同じく国の重文の鐘楼。1588年建立

ところで、時々「○間○面」という表記が出てきますが、これは昔の建物の大きさを示す単位です。
○間の方が建物の間口の大きさを示し柱と柱の間がいくつあるのかを示しています。九間ということは柱が10本あるということですね。
○面の方は建物に対して庇(ひさし)が回してある面の数を示しています。四面だと寄棟屋根または入母屋の建物で全ての面に庇があり、二面だと切妻屋根で前後二つの面に庇があるということです。

この表記法のことを「間面記法」といいます。

有名な三十三間堂は柱が34本で三十三間あるというのが名称の由来ですが、どんだけデカイんだって話ですよね(笑)
札所二番「金剛宝寺(紀三井寺)」の本堂は9間ですが見たら圧倒される程大きいですよ~
平成20年に完成した新仏殿には木造の立像仏としては日本最大となる総漆金箔張りの千住十一面観音菩薩像があり、入山時に+100円払うと拝観することができます。
仏像は写真を撮ってはいけないそうなので撮れませんでしたが、代わりに新仏殿から眺める和歌山湾の絶景をパノラマで一枚♪
こちらも名称の由来になった三井水の一つ「清浄水」。美女が身を投じて龍に化身したという伝説があるそうです 1509年建立、国の重文に指定されている楼門。こちらも超デカイ! 楼門の前には小さな門前町もあり、土産物店などが軒を連ねています。

紀三井寺、しょっぱなからかなり立派な寺院で圧倒されました!
この後出てくる寺院もそうなのですが、これまで行ったことがある関東の寺院に比べて関西の寺院はどこも大きくて立派。あまり詳しくない僕でも見て楽しめるのが嬉しいですね~

さて、続いて向かうは札所三番「粉河寺」です。
地図上で計測すると紀三井寺から粉河寺までの距離は約30Km。ここからまっすぐ北上し、紀ノ川にぶつかったら流れに沿って上流に向かえば到着~
大通りを避けてうまい具合に旧道を案内してくれるnuvi205。この微妙に曲がった感じが古い道っぽいです 日前国懸神宮前を華麗に素通り。大きな神社らしいので寄り道したかったよ、ホントは。 そして向かい風が吹きすさぶ紀ノ川沿いを東へ!土手の内側は未舗装なので県道14号を走ります。
こんなに真面目に走ったの久しぶりだよ、と、自転車乗りらしからぬことを考えながら全力で廻します~
豊臣秀吉の太田城水攻めで知られる紀ノ川はかなり大きな流れ。向かい風は厳しくて天気も微妙だけど広々とした風景の中を疾走するのはなかなか気持ちいいですよ。
県道14号は岩出市に入ったところで紀ノ川を渡ります。これから先は流れの北側(右岸)を走ります ナビはこのまま県道を行けと言ってますが、川沿いを見ると程よく舗装された道が続いてます。山裾の街並みが低い雲に覆われててなんだか幻想的な景色 ふと入ってみた裏道で無造作に置かれた一枚岩の石橋を発見!

川沿いの道ってことでほとんどアップダウンもなく順調に走って札所三番「粉河寺」に到着~
寄り道してないのでレポート上はあっという間だけど、30kmあるのでそれなりに走りごたえがありますよ(笑)

西国三十三箇所第三番札所「粉河寺」は、770年建立の歴史ある寺院。
紀伊国の猟師・大伴孔子古が山中に不思議な光を発する場所を見つけて小さな庵を営んだのが始まりといわれています。本尊は千手千眼観音菩薩。
10:38 和歌山県では根来寺に次ぐ大きさという大門。1707年の建立で本瓦葺き2階建て 大門の隣にある蛭子神社が、十日戎で盛り上がってました。 大門を通りすぎてちょっと歩くと車両進入禁止となり様々なお堂が並んでます。写真は千手観音の化身が現れたという出現池
粉河寺、これまた超立派なお寺!
入口の山門からして見上げるほどデカイのですが、敷地内にはなにやら沢山のお堂があるみたい。
江戸時代には全国に知られていたという粉河鋳物で作られた盥漱盤(かんそうばん)は市の文化財 中門の手前にある身代わり地蔵のところに大量のミニ地蔵が置いてあります。これ売ってるみたい・・・? 1832年建立の中門。こちらも重要文化財。
粉河寺は770年にできたといわれる古いお寺ですが、先に書いた豊臣秀吉の紀州攻めの際に全焼して現在ある建物は江戸時代に再建されたものです。
こちらが本堂。西国三十三箇所の中でも最大級のお堂らしく複雑な形状の巨大な建物で1720年の建立 ここから見える千手観音は本当の本尊ではなく、本物は本堂下の地下に埋められているらしいですよ 寺伝に世れば770年の頃からあるというクスノキ。ホントか??
本堂の裏にある産土神社。お神楽の音楽が流れてて良い雰囲気でした~ 重要文化財の千手堂。その名の通り千手観音が奉られているみたいですが、閉まってて分かりません。 境内にあるそばやで名物「風猛そば」いただきました。名前はもちろん山号「風猛山」からとったものですね。

じつは今日、とっても寒いのです。
全速力で走ったら体は何となく温かいけどシューズの中が超冷たくて凍えそうなくらい・・・。そんな中で食べた「風猛そば」は温かくて美味しかった♪

さて、一つ一つじっくり見たい気もしますが、あんなに急いだのになぜか時間が押し気味です。仕方ないので早々に出発。
って、時間的にはまだ11時過ぎなんですけどね~。なぜこんなに急がなければならないのかというと、三番「粉河寺」と四番「施福寺」の間は山越えなんですよ。しかも四番「施福寺」は峠を下ったあと再び登り返した山の上にあるというヒルクライム天国(笑)

四番「施福寺」に向かうルートは普通に地図を見ると国道480号を行くのが近そうです。

実際、昔の参拝道はこちらだったようなのですが、これは罠なのです!なぜなら国道480号は標高670mというとんでもない峠「鍋谷峠」を越えていかねばなりません。鍋谷峠は超激坂で知られヒルクライムの練習コースにもなっている場所らしいので、僕ごときが参戦して良い場所ではありません(笑)

そこで、ちょっと遠回りして西側を走る県道62号に迂回して行きます。こっちなら志野峠という標高300mほどの峠なのでラクチン♪
しかしm標高は低いものの坂はきつかった!4kmで200mあがるだけだから平均斜度は5%なんだけどな~ 志野峠を何とか登り切って池田隧道に到着。トンネルを抜けたらあとはひたすら下りですよ♪ 泉佐野市まで11km程の長い下り。こちらは途中で見かけた犬鳴山温泉。

志野峠、標高300m程度ということで結構油断してたのですが、途中で微妙に雨が降ってきて心が折れそうでしたよ・・・。
西国三十三箇所を巡っちゃう信心深い(いや、無宗教だけどw)僕に対してこの仕打ちは酷いぜ、仏様!

幸い僕の祈りが通じたのか雨はそれほど酷くならず助かったのですが、今日みたいにとっても寒い日にこんな山の中で雨に降られたら命に関わりますよ、ホント。

さて、雨もやんで志野峠を越えたらあとは泉佐野市まで長いダウンヒル!
粉河から5kmで登って泉佐野まで11kmで下るので、斜度も緩くて非常に快適な下りです。
ところどころにこんな感じの古い街並みがあったり、 泉佐野まで下ったら大池公園の向こうに海が見えたりもします。方向から考えると関空があるはず~ 泉佐野の市街地までやってきましたよ。結構アップダウンがある街並みで、高台からの眺めが素晴らしい♪

泉佐野市まで下ったところで進路を東向きに変え国道170号線(外環状線じゃない方)を東へ向かいます。
この国道170号線、地図で見るとそうでもないのですが、山裾に沿って走る道なためかなりアップダウンがあるんですよ~

ちょっと登っては下り、また登ってはまた下る~

そもそも三番「粉河寺」から標高の高い峠を越える国道480号線をパスしてこの道を走っているわけですが、どっちが良かったのか分からなくなってきた(笑)
途中で見つけた水間寺(みずまでら)。あまりにも立派だったので札所とは関係ないけど寄り道w ここは一体いつの時代の日本ですか(笑) 外環状線に乗り換えてみたのですがこちらも結構なアップダウン。でも、車は少なくて良い感じ

ひたすらアップダウンを繰り返す国道170号線に心身ともに疲れ果てた頃、ようやく「2km先右です」のアナウンス。
ようやく四番「施福寺」へ向かう最後の登り口に到着だよ~、とホッと胸をなで下ろしたのですが、これがワナだと気がつくのはもうちょっと先・・・

nuvi205が指し示すのは県道61号線を南へ行くコースですが。。。
県道61号に入るといきなり壁のような激坂。坂の上には城のような豪邸が建ってます~ しばらく走ると、アレレ?なんか未舗装路になってるんですけど・・・ 四番「施福寺」への案内看板はなく、あったのは布引不動尊への案内のみ。これはおかしいぞ!?

おかしい、これまで1~3番を見た感じからすると西国三十三箇所の寺院はどれも立派で、こんな不法投棄のゴミが散乱する未舗装路の先に案内看板も無しにあるわけがない~

で、地図を確認すると・・・
ぐはぁ!本来のアプローチルートとは反対(山の裏側)から登ってるじゃん!無駄に遠回りした!!

四番「施福寺」は山の頂上にあり、本来は西側を走る県道228号線から登るのですが、nuvi205は山の東側を走る県道61号線を案内していました・・・。確かにこちらからでも行けるように見えて、しかも地図上の道から施福寺までの距離はこっちの方が近い気もします。

でもなぁ、そもそも裏側に登るための道があるのか・・・?
と考えあぐねていたところ後ろから一台の車が来たので呼び止めて聞いてみました。「この道で施福寺まで行けますか?」って。

答え
「ウチもカーナビの案内でこの道を上ってきたんですよ。」同志か!
どうやらカーナビに施福寺の住所を入れるとこのルートを案内してくれるらしいことが判明しました(笑)
もう乗りかかった船なので行けるところまで行ってやる!って来たら裏道有りました。ここから約1kmは自転車では登れないので歩いて登山! しかしこの登山道が曲者。。。道は割と整備されているのですが何しろ斜面が急で超修行モードだよ! 途中、ところどころに休憩用の椅子が置かれているのが、親切というか何というかw
登ったよ、もうしばらく登山はいいよって年末に熊野古道で思ったばかりなのにまた登ったよ・・・
それもほとんど人気のない裏道の登山道を一人黙々と登ったよ、所要時間は必死で歩いて約25分!
廃墟になりかけのボロイ建物を横目に進むと四番「施福寺」に到着! これまでの巨大な本堂に比べて山の上にひっそりと建つ静かなお寺っていう感じの落ち着いた雰囲気です。 本堂は1860年頃に再建されたものだそうです。また本堂の裏手には馬頭観音も祀られています。

帰ってから他のサイトを見たところ表側から登ればキレイに整備された石段や空海が得度して剃髪したとされる場所に建つ「愛染堂」などいろいろな見所もあったようなのですが、それは気にしてはいけない(笑)

なぜなら、もう一度下って登るのはゴメンだからだ!
山の上に建つ施福寺からの眺めは素晴らしい。売店の前が小さな展望台になっています。 境内にはいくつかの仏像の祀られていますが、どれも比較的新しそう? 下る途中に見つけた採石場?なんか宇宙刑事とかの撮影しそうな場所ですねw

ふぅ、本日最大の難所、というか西国三十三箇所の中でもかなりの難所といわれる四番「施福寺」を制覇しました。
これで一安心といいたいところですが、登山道の入り口に戻った時点で時間は15時前。次の五番「葛井寺」の最終御朱印時刻17時まであと2時間しかありません。

今日の札所巡りも一気に佳境に入りラストスパート~
四番「施福寺」から五番「葛井寺」までの距離は約20km。途中、いくつかのアップダウンはあるものの基本的には下り基調のコースです。これなら何とか間に合いそう?

登ってきた道を再び下って国道170号線に戻り、さらに東へと向かいます。
途中には女人高野で有名な天野山金剛寺などもあるのですが、涙をのんで素通りだ! 河内長野市街辺りから外環状線に入ったら、路肩は狭いし車はもの凄く飛ばしているしで超危険~。やはり旧道が良さそうです。 んで、東側を走る国道170号線(東高野街道)に来ました。先ほどとは一辺、快適な道のり。

↑の東高野街道の写真ですが、道沿いにホテルが写ってるんですよ。
その名も「ここほれわんわん」・・・。まぁ、アレだ。やっぱりここは関西だよなぁと再認識(笑)

そんなことを考えながら東高野街道をひたすら北上します。
すると左(西)前方になにやら怪しげな物体が!?
なんだあれ?ともだちタワーか?中で円盤開発してるのか?あ、それともアレが有名な楽天タワーか? すっごく見に行きたかったのですが、ここで寄り道すると後で後悔することになるので、真っ直ぐ進んで南阪奈道路。 藤井寺市街に入ったところで裏道に入れば五番「葛井寺」まではもうすぐ。寄り道しないとレポートもあっという間w

謎のタワーですが、ともだちは実在しませんし、楽天タワーは品川なので違います。
で、何かというと。。。日本最大の花火大会で知られるPL教団が建てた「超宗派万国戦争犠牲者慰霊 大平和記念塔」でした。

すげぇ、すげぇよ、PL教団。このPLタワー、周囲の建物よりひときわ高く、なんと180mもあるとか。
ちなみに参拝目的なら中に入れるようなので、機会があったら入信しない程度に探検してこようかと思いますw

さて、PLタワーの印象があまりにも強烈すぎて忘れそうですが、五番「葛井寺」に到着です。
先ほどの四番「施福寺」と違って、五番「葛井寺」は近鉄藤井寺駅から徒歩数分という好立地の住宅街の中に建っています。
16:20 重要文化財に指定されている南大門。元々は朱色だったと思うのですが色褪せてピンク色。 30年の月日を掛けて1776年に建立されたという本堂。中に祀られている千手観音像は現存最古のもので国宝に指定されています。 もう日が暮れるというのに境内にはお参りの人がチラホラと。これからご祈祷するという家族連れもいました

なお、本尊は毎月18日に御開帳しているらしいので、狙っていくのもアリかと。
日本でもここと唐招提寺にしかない、本当に手が1000本以上有る千手観音らしいですよ。

境内には他にもいろんな建物があり、時間に余裕があったのでちょろっと眺めてみます。
手前にあるのが出世地蔵、奥が観音堂です。もう出世は諦めたので結構ですw 小ぶりながらも重文指定の四脚門(西門) よく分からないけど池の中央にお堂が建っていましたw。疲れて解説撮り忘れた・・・

いや~、なんとか本日予定していた西国三十三箇所二番~五番の全てを回り終えました。
ただいまの時刻は16:35ということで何とかギリギリセーフです。

あとは単身赴任先に帰りやすい適当な駅に向かえば終了なんだけどな~、と思いながら地図を見ると・・・
うぉっと、なんだこりゃ、この辺一帯が前方後円墳だらけじゃないですか!?

調べてみたところ、藤井寺・羽曳野エリアには4世紀~6世紀頃に造られた大小合わせて123もの古墳があり古市古墳群と呼ばれているそうです。何故、この狭いエリアにこれだけたくさんの古墳が密集しているのか不思議ですよね~。というわけで、帰りながらチラホラ見ていきましょう。
葛井寺のすぐ南にある岡ミサンザイ古墳(仲哀陵)。日本武尊の第二子である仲哀天皇のお墓です。 有名な仁徳天皇陵に次いで国内2番目の規模を誇る「誉田御廟山古墳(応神陵古墳)」ですが、大きすぎてなんだか分かりませんw 周囲には他にもそこら中に古墳があり、ちょっとした公園化と思ったら古墳だった的な感じです。

↑の応神天皇は仁徳天皇の父親のはずなので、親子そろってとんでもない墓に眠っていますw

さて、そろそろ日が暮れてきました。
我が家に帰るには近鉄大阪線がアプローチしやすいので近鉄安堂駅に向かって終了としましょう。
まだまだ古墳有りますよ。こちらは先ほどの応神天皇の皇后「仲津姫命」のお墓。親子どころか家族それぞれ古墳持ちです 大和川沿いに出たらキレイなサイクリングロードがあったので、ちょっとだけ走って安堂駅へ。 安堂駅に到着~。ここから輪行して帰ります

というわけで、西国三十三箇所札所巡りの第2回目、二番「金剛宝寺(紀三井寺)」から五番「葛井寺」への旅は終了です。
今回ビックリしたのは、なにしろ関西の寺院が超立派だったことですね~。あの大きさたるや関東ではちょっと見られません。こうなってくると残りの28箇所にも果然期待が高まります♪

ざっと見たところ、次は6~9番かなぁ、できれば10番まで。。。
まぁ、とりあえず、次回はもうちょっと事前調査してから行こうかと思ったり思わなかったり(笑)

 
この記事へのコメント(2件) |コメント入力欄へ
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gen2011年1月16日 21:17返信

この山道ではシューズカバーはもたないでしょう。
inaさんには、SPDよりも登山靴+フラットペダルが向いているんじゃ?

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ina2011年1月16日 22:57返信

>genさん
そうなんですよ。
僕はなんだかんだで結構降りて歩くので裏側までかぶっているとなるとちょっときついなぁと。

難しいところです。。。

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