70年前、現在のJR蓮田駅から岩槻経由で川口市石神付近までの16.9kmを走っていたという武州鉄道の廃線跡の痕跡を探して走る探検ポタリングレポート&地図
かつて埼玉県を走っていた武州鉄道の廃線跡を訪ねるポタリング
走行日 | 2011年9月11日(曇) |
走行距離 | 47 km |
使用した愛車 | オールドダホン(DAHON) |
コース概要 | JR大宮駅→氷川神社→植竹遊歩道→ステラタウン→瓦葺きの掛樋→JR蓮田駅→中央公民館の駐車場→旧馬込駅→王子運送物流センター付近→旧河合駅→河合幼稚園→花菓志→平林寺公民館→レストラン大手門→山二酒店→東町二丁目交差点の路地→小川鉄工建設→旧浮谷駅(目白大学前)→建起工業→槻寿園→JU埼玉の駐車場→笹久保駅(JU埼玉)→綾瀬川→伝右川の橋台→埼玉スタジアム→芝川→JR大宮駅 |
街を歩いていると、「あれ、ここってなんだか変な形の土地だよね~」ってことがたまにあるのですが、土地の形には歴史があって、その理由を紐解いてみるとすっかり跡形もないかに見える過去の風景が見えてきたりします。 そんな風景を探しながらポタリングするのも楽しいですよね~ 結局、14年という短い期間しか運行されませんでしたが、当初の計画は東京都内から日光までを結ぶ遠大な構想で、天秤の傾きが異なっていたら東武線ではなく武州鉄道が残り現在の大宮の発展は岩槻のモノだったかもしれないのかな?と思わせる夢のある事業でした。 しかし実際は、用地買収の遅れから路線延長は遅々として進まず、都内の路線との接続もかなわず、日光への接続は東武鉄道に先を越され、夢は叶わぬまま1938年の9月に廃線となり、今はそこに線路が走っていたことを知る人も少なくなってしまいました。 そんな幻の鉄道で、しかも廃線から70年が経過してしまっているので、跡形もない・・・?かと思いきや、そこに鉄道が走っていた痕跡はかすかではあるけれど残されており、そんなわずかな痕跡を求めて走るのが今日のテーマです♪ |
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本日のもう一つのテーマはOLD DAHONミーティング。とりあえず今日は3台のオールドが集結! | JR大宮駅をスタートしJR蓮田駅を目指します。久しぶりに大宮に来たらアーケードが撤去されててビックリ | 氷川神社から大宮公園を抜けて東大宮へ |
まずは武州鉄道と何の関係もないけどJR大宮駅から氷川神社やら植竹遊歩道やら見沼代用水やらを巡ります。 現在、関西に住んでる僕ですが、関西ってこういう「平地!」ていう風景があまりないんですよね。海と山が近いからなんですが、やはり走り慣れた埼玉の風景は良いね~、とか思いながらポタリング♪ |
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JR宇都宮線の北側にある植竹遊歩道。住宅の隙間を抜ける水路跡の遊歩道が楽しげです | 急に景色が開けたなぁと思ったらステラタウンに到着。付近には結婚式場らしき巨大な城もあります。その名も大宮城、というのは嘘ですw | 鉄道好きなら大喜びな大宮操車場付近から見沼代用水沿いに進みます |
さらに見沼代用水沿いを北上~ 余談ですがそういえば昔、大宮駅の近くに天守閣があって大宮城っていう名前の風俗だったなぁと、自分で書きながら思いだしたw高校生の時、通学途中にいつも見てたんだけど、アレってまだあるのだろうか? |
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見沼代用水沿いにはこんな感じの遊歩道が整備されているので自転車散歩には最適! | 季節はもうすぐ秋、ってことで田圃は黄金色に変わり、稲穂のいい香りが辺りに漂っています | かつて見沼代用水が綾瀬川を渡っていた瓦葺きの掛樋跡。樋の土台の煉瓦が残っています |
収穫前の田んぼってほんといい香りですよね~ |
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栗の季節にはまだ早いかな~。実は大きくふくらんでるけど、まだまだ青い | 謎のオブジェが設置されている(株)関根工務店の壁。上にいる親方が仕事していないのが気になるところw | |
そのままJR宇都宮線沿いに北上していくと武州鉄道の起点であるJR蓮田駅に到着します。 蓮田駅は武州鉄道営業当時に唯一他の鉄道と接続していた駅で、現在の東口ロータリー付近が武州鉄道の蓮田駅があった場所です。 |
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駅前ロータリーから駐輪場、中央公民館の駐車場と続く細長いスペースが武州鉄道の線路跡 | 中央公民館の駐車場は幅7mくらいの怪しげな細長さ。これがまさに廃線跡、かつてはここを鉄道が走っていた! | 緩やかにカーブを描きながら続いてくる廃線跡の駐車場を反対側から覗くとこんな感じ |
ぬぉぉ、廃線から70年も経ってるのにしっかり跡が残ってるじゃないですか! 初っぱなから興奮する~、と行きたいところですが痕跡が見られるのはこの付近だけで、このあとはしばらく廃線跡を追うことは出来ません。 |
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先ほどの廃線跡の向かい側にある歯科医院。間口が微妙な幅で前後に細長い。まさに廃線の上に立っているお宅 | しばし巡って国道122号線沿いの里見材木店の裏側で武州鉄道と再会。ここはかつて蓮田の次の馬込駅があった場所です。 | 線路はそのまま122号線と交差して続いていたようですが、王子運送の倉庫で追うことが出来ません。その倉庫も解体中ですが・・・ |
廃線跡の上に建てられていた王子運送岩槻物流センターの敷地を迂回して南側に回り込むと廃線跡をそのまま利用して作られた道が残っています。 | ||
農村地帯には珍しい妙に真っ直ぐ続く道。これが武州鉄道の廃線跡を利用して造られた道 | 真っ直ぐ進むと東北自動車道と交差するので、若干迂回して高速を渡ります。 | 先ほどの道の先には引き続き廃線跡の道路が続いています。この付近に3つめの駅である河合駅があったようです |
この辺りまで来ると、何となく武州鉄道の廃線跡を追うコツが分かってきた! そもそもこの付近は農業用地であり、そこに鉄道を通すために線路の部分だけ地目を変更していたと考えられます。通常、農地の地目を変更するのは難しいため、廃線後に土地が払い下げられた際に線路部分だけが開発可能な土地になり、周囲の農地と一体化することなくその形が維持されているところがたくさんあるみたい。 だから道に対して変な角度で家が建ってたり、田んぼのど真ん中になぜか倉庫街があったりしてて、つまりそこが武州鉄道の廃線跡だということみたいなんですよね。なんかちょっと寂しい話ではあるのですが・・・。 |
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↑の道の突き当たりにある河合幼稚園。写真の通路の部分が武州鉄道の廃線跡です | さらに幼稚園の裏側に回り込むと不自然な形の倉庫(花菓志)を発見。この境界かそのまま廃線跡なんですね | さらにその向かい側にも道路に対して鋭角過ぎる敷地境界が続いています。おぉ、バッチリ廃線跡が残ってる♪ |
水路の暗渠を探すのと同じで見つけ方のコツが分かると俄然楽しくなります(笑) | ||
ちょっとわかりにくいですが雑木林の向こう側にあるプレハブの建物が廃線跡の真上に建っています | 左側のお宅が道に対して斜めに建っているのも線路の形状をそのまま残しているから | その向かい側にある平林寺公民館。駐車場から公民館へ続くこの部分がそのまま廃線跡です |
と、分かったような気がしていたのですが、ここで痛恨のトレースミス・・・ 東武線岩槻駅周辺はあまり廃線跡も見られないだろうということで、駅周辺から昼食スポットである岩槻公園へ行ってしまったのですが、↑の平林寺から↓の「やまに」の間にも結構廃線跡が残っているようです。 写真が無いので文章でざっくり書くと、廃線跡は平林寺公民館から一般道沿いに南東へ進み県営岩槻西原団地付近を通り過ぎて、御幸町・日の出町を通過しつつ、岩槻区本町5丁目付近で東武野田線と交差します。 その後、浄安寺の西側を南下し岩槻中学校と小学校の敷地を南北に突っ切る形で走っていたのが正解みたい。 |
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で、廃線跡を離れてやってきたのが本日の昼食スポット。岩槻公園内にあるレストラン大手門 | レストラン大手門では埼玉B級グルメ選手権を制したことがある岩槻グルメ「豆腐ラーメン」を食べることが出来ます♪ | いつもは空いてるのに今日はなぜかお客が一杯。どうやら何かイベントがあった様子 |
豆腐ラーメンは、一言で表現すると「辛くない麻婆ラーメン」って感じ。 |
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岩槻小学校の西側付近。実際には小学校の敷地を南北に突っ切る形で走っていたようです。 | 国道16号の東町二丁目交差点の北側にある「山二酒店」。道に対して斜めに建っており、廃線跡ぽさ満点 | その先に続く東町二丁目交差点南側の路地が武州鉄道の廃線跡を利用して造られた道 |
国道16号線の南側は廃線跡を使った道があったり線路の地形をそのまま残した住宅が並んでいたりと地図上で見ても比較的トレースしやすい感じになっています。 廃線跡は東町二丁目交差点から真っ直ぐ南東へ向かい、ローソン岩槻店付近で県道324号と合流し南下していきますよ~ |
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線路幅と同じ怪しい駐車場を持つ小川鉄工建設。この会社も線路敷きの上に建っています | さらに進むと、住宅地との境界が道に対して斜めに入っている怪しい場所も!はっきりと線路跡であることが分かりますね~ | 住宅地を抜けた後、廃線跡は県道324号と重なる形で南下しますが杉田電線の北側付近で再び西へ離れていきます |
県道324号を分かれた武州鉄道の廃線跡はそのまま真っ直ぐ南へ進み目白大学のキャンパスを縦断する形で進みます。 | ||
目白大学へのメインストリートは、武州鉄道の廃線跡を利用したもので、この付近に浮谷駅がありました。 | ←の場所から振り返ってみると線路跡は跡形もないですが、写真中央の盛り土になった部分が線路跡ではないかと思われます。 | 目白学園の南側にある建起工業。畑の中に細長い工場がポツンと建ってるのがおもしろいです |
この付近は農業用地の地目が昔のままに残されている(宅地化されていない)ため、鉄道の敷設による地目変更によって部分的に開発が可能になった場所に、工場やら倉庫やらが建っていることから非常に廃線跡が分かり易い形になっています。 畑のど真ん中に細長い建物がバーンと続いてる(笑) |
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先ほどの建起工業の南側に回り込んでみた。この間口の幅がそのまま廃線跡ですね | さらにその先で、老人福祉センター槻寿園の西側にある道に続いて、 | 突き当たりにある倉庫が廃線跡になっています。 |
↑の倉庫の左側の路地を入っていくと線路沿いに進むことが出来るようなのですが、あいにく今日は車がたくさん駐車してあるようなのでちょっとだけ迂回。 | ||
戻ってきたら田んぼの中に一直線に続く倉庫街を発見。このわかりやすさ素晴らしい! | さらにその先には不自然に細長いJU埼玉の駐車場が続いています。廃線跡だって知らなきゃ怪しい光景だよなぁ | 駐車場はそのまま真っ直ぐ続き県道214号にぶつかります。県道沿いに建っている商店も細長いことに注目です |
払い下げられた線路、いろんなコトに使われてますね~ お散歩自転車乗り的にはせっかくの真っ直ぐなルートなので自転車道にでもしてくれればと思ったりもしますが、廃線になったのは太平洋戦争前なので、そんなこと望むべくもありません(笑) |
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県道214号を渡ってJU埼玉の西側にある妙な空き地あたりが廃線跡。この付近に笹久保駅があったようです | そのまま妙に広々とした道は続き、綾瀬川と交差します。 | 綾瀬川の畔まで来てみましたが護岸工事によって当時の痕跡はまったく残されていませんでした。昔は鉄橋とか掛かってたんでしょうか? |
JR蓮田駅から岩槻経由で川口市石神付近までの16.9kmを走っていた武州鉄道。 わずかに残るのは、東北道浦和料金所付近が「武州野田駅」だったことと、国道463号の大門交差点が「大門駅」だったことと、県道103号の石神交差点が「神根駅」であったという話くらいでしょうか。(と思ったら、浦和料金所の東側にある重殿社に停車場道路工事記念の碑が残されているらしい) ということで武州鉄道廃線跡の旅もこの辺で終了としようかと思いますが、最後に本日最大の見所に立ち寄りたいと思います。70年前に廃線になった武州鉄道の遺構がそのまま残されている奇跡のスポット「伝右川の橋台」です!埼玉の名所になっても良いほどの歴史スポットですが・・・ |
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ショボイ・・・。とか言ってはいけません。知らなきゃ絶対気がつかない小さな水路の古いコンクリート壁ですが、70年の歴史がここにあるのですw | すぐ南側には埼玉スタジアムがあり、この付近もだいぶん開発が進んでいます。←の橋台跡もいつか無くなってしまうのかな | 廃線探訪を終えて見沼台用水沿いをスタート地点であるJR大宮駅へ向かいます |
かつて東京と日光を繋ぐことを夢見て計画された武州鉄道の夢の跡が雑草に埋もれたコンクリート橋台一つというのは何となく寂しくもあり、またそれすらも開発の波で失われてしまうというのは残念ですね~。 やはり人生、勝たなきゃいけない(笑) |
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帰り道の途中で気がついたのですが、芝川沿いに新しいサイクリングロードが出来てるんですね! | 道路と交差する部分で道がつながっていないところもあるようですが、芝川沿いを走れるようになると都内へのアプローチが便利になりますよね~ | 大宮駅まで戻って終了!皆さんお疲れ様でした~ |
という感じで約70年前に廃線となっ武州鉄道の痕跡を求めてポタリングしてみましたが、直接的な遺構はたった一つしか残されていなかったものの、この場所に鉄道が走っていたという跡は確かに地形として刻まれており、70年が経った今でもその跡をたどることが出来ました。 これから先、その跡がどんどん薄くなっていくのかもしれないけど、一方で、かつての武州鉄道のルートに埼玉高速鉄道を延伸しようという話もあるみたいで、100年近く前に夢見た都内との接続が今になって果たされようとしているのかと思うと何となくワクワクする話でもあります♪ 延伸が成るかは、まだ分かりませんが、そういった活動の一つとして武州鉄道を見直してみるのも面白いんじゃないかなと思ってみたりしながら今日のツーレポはおしまいです。 |
廃線跡がテーマで構造物が殆ど残ってないというのは面白いのか?と思いましたが、おそらくそういうことを期待していた人はあまりいなかったんじゃないかと(笑)
ありきたりの景色ばかりなのが、ヤマ行こ!らしいかな(笑)
自転車さえ乗っていれば、それでよし、楽しい!みたいな。
ポタおじさんの風情がなんともいいです。
>genさん
そうか!鉄道好きの人が廃線をたどるときは鉄道遺構を訪ねていくのかw
僕はどっちをというと水路探訪と同じとらえ方だったので、そういうのが無くても良かったのですが、最後に唯一の遺構がアレだったときには皆さんから落胆の声が聞こえたのは内緒です(笑)
トップの写真が唯一のアレな遺構にしているところがなんとも(笑)
>martyさん
せめて。。。ねw
写真だけ見るとなんだこりゃって感じですが。。。
〉genさん 遺構が残っていなくても、妙な地割やいかにもな直線、曲線などがあれば、後は想像力で補って、、、
まあ、企画者の自己満足ではありますが。今度は県北部で廃線跡企画を計画中です。夏は、ヘルメットだと蒸れるので、ユルポタの時は麦わら帽子もグッドですよ~
〉inaさんに水路探訪と同じと言われて、なるほどと思いました。遺構が残っている廃線跡って意外と少ないですよね~ 岩槻駅付近の事前調査不足ですいませんでした。
〉martyさん、最後の最後にこれが出てきたので、皆さんの期待を裏切ったようですいません。
次回廃線跡企画は熊谷、深谷付近で計画中です。予定が合えばご参加ください。
川越には西武安比奈線がありますが・・・
>inaさん
蓮田を出てすぐ次の駅・馬込駅にも記念碑(馬込車站建設碑)があったようですね。
半壊してるようですが・・。
>genさん
大いに期待してましたよ(笑)
>ポタおじさん
今、想像力で補ってますよ・・・出来上がったら報告します。
しかし、ネット上の画像資料も皆無(泣)
>Kさん
あそこなら遺構もバッチリ!
最近、安比奈公園の裏手の駅跡は崩されちゃったようですね。
>ポタおじさん
準備&ご案内ありがとうございました♪
いつも通りバッチリ解説も付いてツーレポが書きやすかったですw
岩槻周辺は、僕も一度走った上で調べなおしてやった分かったので、これ調査だけだったらかなり難しかったと思います~
次回企画も期待しております!
>Kさん
ほほぅ、そんな美味しそうなものがw
>猫鳥さん
想像作品期待してます♪